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日本将棋連盟の対局規則はイマイチ

野原未蘭女流二段が将棋界2例目の入玉宣言法による勝利を収めたというニュースを目にして、公益社団法人日本将棋連盟の対局規則を確認してみて気づいた話。

連盟は長らく公式の対局規則を公開していなかったのですが、2024年にやっと公開されました(「制定日 2024年6月7日」とあるので、抑〻それまで存在すらしていなかったっぽい)。
これ自体は歓迎すべきことなのですが、この対局規則は「規則」だと思って読むと以下の点で正直イケてないと言わざるを得ません。

  • 基本ルールからちゃんと定義しようとしている割には、曖昧な(誤読の余地のある)記述が多く、既にルールを知った上でないと正しく一意に解釈できない。
  • 表記や用語の用法に揺れがあり、一貫性が無い。
  • 未定義の用語が平気で出てくる。
  • 誤った記述すらある。

以下、各条項にツッコミを入れ乍ら見ていきます。

【第1条】目的

細かいことですが、条番号「1」がここだけ全角なのは気持ち悪いですね。

第2項

第2項
公式棋戦や大会の主催者(以下「主催者」)は、より詳細な規定を導入することができる。ただし、本規則に矛盾しないことを条件とする

この対局規則は各公式棋戦やアマ大会の対局規定より上位の規定と位置づけられています。
その割には現に存在している棋戦/大会と齟齬が生じている点がボロボロ出てきます。
詳細は以降の各条項のところで指摘します。

【第2条】将棋の性質と目的

第1項

第1項
将棋は、2人の対局者が「将棋盤」と呼ばれる長方形の盤上で交互に駒を動かして行うものである。先手番を持つ対局者が対局を開始する。

対局の「開始」という行為がどこかに定義されている訣でもなく、この「開始」というのは単に「最初の手番を持つ」という意味でしか無さそうです。
(主語が「先手番を持つ対局者が」ですので、立会人による「定刻になりましたので○○の先手でお願いします」の発声のことを言っている訣でもなさそうですし、対局時計を動かし始める行為(対局者自ら時計の操作をする行う場合、これは後手番の対局者が行う)のことを言っている訣でもなさそうです)
そうであるならば、これは「先手番」を用語として定義する意図の記述なのでしょうか?
それならそれとわかるように書いてほしいですね。

それと、細かいことですが、「2人」と書かれてしまうと「ペア将棋は?」「コンピュータ将棋は?」と言いたくなってしまいます。
非公式戦ではありますが「SUNTORY 将棋オールスター 東西対抗戦」ではリレー将棋が指されますし、過去にはコンピュータ相手の「電王戦」もあった訣ですから、この辺も考慮してほしいですね。

第2項

第2項
対局者とは、将棋盤の長方形のやや短い面を、平行に盤を挟んで向かい合う2人のことをいう。

「やや短い」って何なんですか。
将棋盤の縦横比に関する規定は無いのに、唐突に「やや短い面」と「やや長い面」の存在を前提とする条項が出てきました。
仮に盤の縦横の長さが著しく異なっていたとしても、盤が横長だったとしても、特に困りはしないでしょう。記載意図がまるで不明です。

もっと言うと、あくまでこれは「長方形」という平面図形の話ですので、「やや短い」ではなく「やや短い」であるべきでしょう。
立体物である現物の将棋盤に限って言えば「側」が存在しているので辛うじて条文に合致していますが、「画面に映った将棋盤」は不適格ということになってしまうのでオンラインでのアマ大会はできなくなってしまいます。
(オンラインの場合はそれ以前に「平行に盤を挟んで向かい合う」という条件も満たされませんが……)

第5項

第5項
詰みとは、次にどのように応対しても玉が取られてしまうことを防げない状態をいう。

この記載はただの間違いです。
正しくは、「詰み」とは「現に王手が掛けられており、それを次の一手で解除できない状態」です。
これは過去に連盟が発行した『将棋ガイドブック』にも明記されています。

一方の側が玉以外の駒の利きを敵玉の存在するマス目に合わせるような指し手、つまり玉に取りをかけることを“王手”といい、かけた側から見れば“王手をかける”という。王手をかけられた側が、その王手を次の一手で解除することが不可能になった状態、つまり次にどのように応接しても玉を取られてしまうことが防げない状態を“詰み”といい、玉側からみれば“詰まされた”という。

――日本将棋連盟『将棋ガイドブック』「15 王手と詰み」

「次にどのように応対しても玉が取られてしまうことを防げない状態」には「詰み(チェックメイト)」の他に「ステイルメイト」もあります。
ステイルメイトとは、「王手は掛けられていないが合法手は存在しない」局面のことです。(参考: jawp:ステイルメイト
合法手が存在しない時点で負けなので、その点では詰みでもステイルメイトでも大して違いは無いのですが、第10条第1項で「打ち歩詰め」を以下のように定義していることとの整合性を考えると、「詰み」は王手が掛かっていることを要件とすべきでしょう。
(俗に「飛車が詰む」のような表現をすることからも、「詰み」とは「放っておくと取られてしまう状態」を前提とした概念であることがわかります)

【第10条】反則
第1項
以下に該当する反則を対局中に犯した場合、反則を犯した対局者は即負けとなる。
三. 打ち歩詰め(持ち駒の歩を打って解除不能な王手をかける行為)

実戦上はステイルメイトが生じる可能性はほぼ皆無と考えられますが、詰将棋ではステイルメイトを題材としたものが度々考案されていますので(打ち歩ステイルメイトを題材とした詰将棋の例)、詰みの定義に誤りがあるのは無視できない問題です。

また、この対局規則には「王手」の定義がどこにも書かれていないという大きな欠陥があります。
勝敗の判定に影響する重要な概念ですから、定義が無いのはマズいでしょう。

【第3条】対局における棋具の設置と盤上の駒の初期配置

第3項

第3項
対局開始時において、2人の対局者はそれぞれ8種類、合計20枚の駒を持つ。これらの駒は以下のとおりである。

  1. 玉将(略して玉)または王将(略して王) 各1枚
  2. 飛車(略して飛) 各1枚
    龍王(略して
    龍王は「りゅうおう」と読み、飛車が成った駒である。
  3. 角行(略して角) 各1枚
    龍馬(略して馬)
    龍馬「りゅうま」と読み、角行が成った駒である。
  4. 金将(略して金) 各2枚
  5. 銀将(略して銀) 各2枚
    成銀(略して)銀将が成った駒である。
  6. 桂馬(略して桂) 各2枚
    成桂(略して)桂馬が成った駒である。
  7. 香車(略して香) 各2枚
    成香(略して)香車が成った駒である。
  8. 歩兵(略して歩) 各9枚
    と金(略してと)歩兵が成った駒である。

この項はツッコミどころが沢山あります。

  • 「それぞれ」が「合計20枚」にまで係っているか否かが読み取れない。これだけを読むと2人合計で20枚のようにも読めてしまう。
  • 「龍」「竜」の用字が不統一。(竜王戦の創設時に「竜」の字体を正としたのではなかったか?)
  • 何故「龍王」「龍馬」だけ読み方が示されているのか謎。書くなら全部書くべき。
  • 「成る」とは何なのか、どこにも定義されていない。
  • 棋譜等にも現れる略称である「玉」「飛」「角」等と、あくまで代用表記に過ぎない「全」「圭」「杏」とを同列に並べるのは不適当。

第4項

第4項
将棋盤上の駒の初期配置は以下のとおりである。

局面図の見方が定義されていないのは良くないでしょう。(「☗ なし」という記述を「先手の持ち駒が無い」と解釈するのは、知らなければできないことです)

それ以前に問題なのは、この対局規則では平手戦しか考慮されていないことです。
アマ大会ではレーティングに応じた駒落ち戦も存在しますし、棋士の公式戦でも王将戦七番勝負は対局規定上「四番手直り、指し込み時は香落ち(但し当分は省略)」ということになっています(渡辺明王将(当時)のツイートより)ので、駒落ち戦を認めないと下位規則との間に矛盾が生じていることになります。

【第4条】駒の動き方
【第5条】駒の動かし方

もうちょっと良い表題は付けられなかったのですかね……

【第4条】駒の動き方

第2項

第2項
飛車・龍王の動き方
〔図省略〕
は、縦横に自由に動くことが出来る(上図の灰色の部分)。
ただし、他の駒を飛び越すことは出来ない。
〔図省略〕
飛車は成ると「龍王(竜)」になる。
竜になると、飛の動きに加えて、斜めに一マスずつ動くことが出来る(上図の灰色の部分)。

「飛」なのか「飛車」なのか、平仄は合わせてほしいです。
(他の駒は全て省略形の駒名で動きが示されている)

【第5条】駒の動かし方

第1項・第3項

第1項
第4条の駒の動きに従って、自身の駒のうち1枚を別のマスに移動させることができる

第3項
持ち駒は、自身と相手の駒が存在しない任意のマスに、本規則第2章第10条に定める「反則」に該当しない範囲において置くことができる。ただし、成った状態で駒を置くことはできない。

嘘は書かれていませんが、正しいルールを既に知った上でないと誤読し得る記述です。

「駒を動かす」「持ち駒を打つ」という2つの操作は背反であり、1回の手番でいずれか一方しかできないものですが、この規則からは「両方できるのかな?」と読めてしまいます。
また、いずれも「できる」と書かれていますので、「両方やらない」すなわち「手番をパスする」ことが可能であるようにも読めてしまいます(実際には不可能)。

第3項・第4項

第3項
持ち駒は、自身と相手の駒が存在しない任意のマスに、本規則第2章第10条に定める「反則」に該当しない範囲において置くことができる。ただし、成った状態で駒を置くことはできない

第4項
駒が移動する際に、移動後か移動前に敵陣(下図参照)に入ったときに成ることが出来る。1度成った駒は元の状態に戻すことは出来ない

これも正しいルールを既に知った上でないと誤読し得る記述です。

盤上で成った駒を取った場合、それは成っていない状態の持ち駒として再使用できます。
「1度成った駒は相手に取られるまで元の状態に戻すことは出来ない」と書かないと、終局まで使えない駒となるかのように読めてしまいます。

第4項

第4項
駒が移動する際に、移動後か移動前に敵陣(下図参照)に入ったときに成ることが出来る。1度成った駒は元の状態に戻すことは出来ない。

「移動前に敵陣に入ったとき」というのは日本語としておかしいでしょう。
「移動後に敵陣に入るか、移動前に敵陣に在った駒を移動したとき」のような表現であるべきです。

また、図の書き方も良くなくて、これでは「両対局者共に第一段~第三段を敵陣、第七段~第九段を自陣とする」という風にも読めてしまいます。
抑〻座標の取り扱いについて全く定義されていませんので、これも良くないでしょう。

【第6条】対局の終了

第1項

第1項
対局は詰みまたは相手の投了によって終了する。

第2項
本規則第2章第9条に定める「入玉」や同第10条に定める「反則」により、対局が終了する場合がある。

これは好みの問題ではありますが、終了条件はなるべく少なく簡潔にした方が望ましいでしょう。
「詰み」であればどのみち「反則」となるか投了するかをせざるを得ない訣ですから、第1項の「詰みまたは」は不必要な記述です(前述のステイルメイトをも考慮すると、寧ろ書かない方が自然でしょう)。

また、「相手の」投了という記述もよくわかりません。
これは対局の終了条件を規定するものですから、自分も相手も無い筈です。
あくまで「自分の手番において第5条の着手に代えて『投了』をすることができて、その場合対局は直ちに終了する。このとき、投了した対局者の負けとなる。」ということを規定すべきです。

【第7条】先手・後手の決定

第1項

第1項
対局の先手・後手の決定は、「振り駒」にて決定する。上座の対局者の歩を5枚振り、「歩」が多く出たら駒を振った方の対局者の先手、「と金」が多く出たらもう一方の対局者の先手とする。

駒の姿形について全く言及されていないのに、歩を振って云々などと言われても意味がわかりません。
振り駒が成立するためには、「歩兵の駒は薄い小片であって、その表面が『歩兵』、裏面が『と金』であり、振るとその何れかが表れ、何れが表れるかは同様に確からしい」ぐらいの前提条件が必要です。
また、駒の名称たる「歩兵」と、それが成っていない状態を意味する「歩兵」とが同一名称である点もわかりにくさに輪をかけています。

それ以前に、「対局の先手・後手の決定は、『振り駒』にて決定する」と規定してしまうこと自体に問題があります。
タイトル戦の番勝負等では実際には「第1局の先後を振り駒で決定し、第2局以降は交互に先後を変える」といった形で実施されることも多い訣ですが、この条項があると毎回の対局時に振り駒を実施する必要性が生じてしまいます。

【第8条】千日手

第2項

第1項
千日手とは、盤面(盤上の駒の配置)・双方の持ち駒・手番のすべてが同一となる局面(同一局面)が4回発生した場合を指す。

第2項
同一局面が4回未満であっても、循環手順の途中で両対局者の合意があった場合には、千日手指し直しを認める。

「循環手順」と書いてしまうのは良くないでしょう。
嘗て「同一手順3回」とされていた千日手の成立条件が第1項の通り「同一局面4回」という形に改められたのは、同一手順の循環を避けつつ同じ局面を際限無く行ったり来たりすることが可能であることが判明したためです。
循環に限らず、同一局面の反復の途中での合意を認めるべきでしょう。
(第10条第10項の「連続王手の千日手」の規定ではちゃんと「同一局面が4回出現した一連の手順中」という表現になっています)

【第9条】入玉

第5項・第6項

第3項
入玉または相入玉において、どちらも相手の玉を詰ます見込みがなくなった場合、第4項または第5項の対応を行う

第4項
両対局者が合意した場合〔後略〕

第5項
両対局者の合意に至らない場合で、手数が500手に満たない場合は「入玉宣言法」を使用することができる。〔後略〕

第6項
両対局者の合意に至らない場合で、手数が500手に達した場合は持将棋とする。〔後略〕

手数の数え方は非自明です。
将棋においては先手・後手の着手をそれぞれ「1手」と数えますが、他方チェスにおいては先手・後手の手番を合わせて(つまり将棋でいう2手を以て)「1手」と数えます。
手数500手を打ち切り・指し直しの条件としている以上は、手数の数え方は明示的に定義すべきでしょう。

また、これは対局規則の記述の不備ではなくルール自体の問題ですが、500手指了ルールの適用においても入玉または相入玉を前提としているのは、必要以上に長手数の対局となるのを防ぐという目的に鑑みると不必要な条件でしょう。
仮に互いに入玉状態に至っておらずとも、500手も指し続けた時点で打ち切って指し直しとすれば良いと思われます。

なお、「持将棋」という用語が登場するのは第6項ですが、「持将棋」というのは通常は第4項に定める合意に至った状態を指すものですので、第4項にて定義されているべきでしょう。

【第10条】反則

第1項

第1項
以下に該当する反則を対局中に犯した場合、反則を犯した対局者は即負けとなる。
九. 時間切れ(持時間および秒読みの時間内に着手が完了しない行為)
十. 着手完了前に消費時間の計測を止める行為(第11項参照)

対局規則全体を通じて、「持時間」の取扱はかなり曖昧にしか書かれていません。
持時間の具体的な数え方は棋戦や大会によって異なりますが、反則の1つとして掲げる以上は、共通的な定義は対局規則に明示すべきでしょう。

また、「完了しない行為」というのも日本語として不自然です。

第3項

第3項
終局後に反則が判明した場合には、終了時の勝敗に関わらず、反則を犯した対局者は負けとなる。

「終局」と「終了」とに意味の違いが見出だせません。どちらかに統一すべきでしょう。


そんな訣で、日本将棋連盟の対局規則は「規則」としてはイマイチだなあ、という話をした訣ですが、こうして見るとやっぱりルールの明文化って難しいものですね。